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六道珍皇寺 冥土通いの井戸と上総介兼重の話

六道珍皇寺ろくどうちんのうじは京都の八坂神社と清水寺のちょうど真ん中ぐらいにあるお寺で、”冥途通いの井戸”と呼ばれるちょっと変わった井戸があります。

平安時代にこの井戸を通ってこの世とあの世を行き来し、閻魔王庁に仕えていたという人がいます。

名前は小野篁おののたかむら。武芸に秀で文才も優れていましたが、朝廷を風刺する漢詩を作って天皇を激怒させたため流罪になります。しかし文才のため、許されて都に戻り出世した人物。その反骨精神から”野狂”というあだ名が付いたという、最高にロックな平安貴族です。

そんな小野篁が地獄に行く時に使っていたのが六道珍皇寺お庭にある”冥土通いの井戸”です。この井戸は特別参拝を開催している時だけ見学することができます。

井戸を覗き込むと下に少し水が張っていました。

その奥には平成23年に見つかった”黄泉がえりの井戸”がありました。こちらは篁が地獄から帰る時に使っていた井戸だそうです。覗き込むと、周りは整備されたのか、比較的新しいような石と「輪廻転生」と書かれた石板があり、その中央に小さい穴が空いています。小さい穴の中は暗くて見えませんでしたが、この井戸は地底100メートルとかなり深く、今も水が湧き出ているそう。

小野篁が地獄で閻魔王の裁判を手伝い、西三条大臣を助けた話は「今昔物語」にも出てきます。

今昔物語 巻20第45話 小野篁依情助西三条大臣語の話を読む

六道珍皇寺のある場所は古来から葬送の地であった鳥辺野の入口付近にあたり、この世とあの世の境界「六道の辻」と呼ばれ、お盆に帰る精霊は必ずここを通るとされました。

先祖の供養として奉納した脇差「上総介藤原兼重」

六道珍皇寺には日光奉行赤松信濃守則泰が奉納した刀「上総介藤原兼重かずさのすけふじわらのかねしげ」が展示されていました。

上総介藤原兼重は江戸時代の武蔵国の刀工です。新刀上作の良業物。

片切刃造の脇差で大きく樋が入り、刃文はのたれで、肌は小板目が少し見えました。拵が面白くて、武用拵と書かれており、柄は革巻き、鞘は溜塗ためぬり殿中鐺でんちゅうこじり、鍔は表が寛永通宝のような銭貨で、裏が三本松と桐などの家紋のような意匠でした。(鍔は柄側が表で、刃側が裏)

調べたら殿中鐺でんちゅうこじり御召鐺おめしこじりは同じものみたいでした。

上総介藤原兼重を奉納した赤松信濃守則泰は嘉吉の乱かつきのらんの首謀者赤松満祐の子孫です。

嘉吉の乱といえば、先週のブログ上村松園「雪女」に描かれる刀について考えてみた話に出てきた事件です。

六道珍皇寺と赤松家は赤松満祐の甥が出家したことから関係が始まったそうで、上総介藤原兼重は明治時代に赤松信濃守則泰が祖先の供養として奉納したそうです。

歴史の繋がりを感じて面白かったなぁ。

六道珍皇寺 詳細情報

特別参拝の開催時期は公式コンテンツからご確認ください。

場所:〒605-0811 京都府京都市東山区大和大路通四条下る 四丁目小松町595

公式コンテンツ:公式サイト

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